JOJO立ちyeah!!!!!


by sexual_kota
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完全版!もっかい読んで!!メリークリスマス、激闘冬将軍!!Gゼミ!!金!!大和!!あとなんか他!!

めり~~~(巻き舌)
クリスます!!!!(チョット噛んだ)


っあ…イブ!!

 本当なら今頃東京ディズニーで遊び狂っているはずなのに雪で旅行会社に
逆キャンセルされてしまって家で布団にくるまり「何だよあんなのどうせネズミじゃん!!」
と幼児張りにすねて見せて、まいっているkotaです。

 最近更新が止まっていたのでここ二週間で起きたことをさらさらっと述べてまいります。

 十二月十四日、プロの仕業:この日は学校が二時限で終了。その直j後にルミナリエでバイトする予定だった。出勤しようと自転車を家から出しているとタイヤがパンクしていることに気付く。金がかかるといけないので、自前で修理しようとしたら、タイヤのチュウブにさらに五ヶ所余分に穴をあけしまう。自転車の修理屋に言われた「いや~これはプロの仕業だね~上手く穴あけてるよ。」そりゃど~も。その後ルミナリエでうだつのあがらないバイトをする。神戸なのでそれなりにオシャレするとうちにオシャレしてくる奴はいちゃいけないと言われ、同時に女の子を紹介するように言われる。そっこうで断る。バイト終了後また弁当を持ってルミナリエをうろついていろんな視線に打たれる。一人で食うのは嫌だったのでかばんに入れたら汁がかばんの中に広がる。

 十二月十四日、心斎橋防衛戦線:決戦の日、彼女のクリスマスプレゼントを買いに友人A(♂)とS(♂)とで心斎橋へ、ビビアンイーストかウエストウッドか知らないけど高い店で物色購入、この戦いで数ヶ月をかけて養成したkota財布庁防衛隊、福沢大隊1号、4号、8号の三名と、夏目小隊の1~7号七名が戦死。我が財布庁の防衛力が著しく落ち込んだ。その後友人達と心斎橋の町でウォーキング、友人Aが教えてくれた素敵な雑貨店へ、ここでまた購買意欲軍の襲撃を受けるが、これは何とか撃破。その後マクドナルドへ、途中マクドかマックかMドかマクドナルドかの有意義な議論を展開した。食事後、高い洋服店をいろいろ回ったが財布庁防衛隊に損害は出なかったと言うか、あまりの物価の高さの前に戦いにもならなかったのが現実。その後梅田の服屋で取り置きしていた服を受け取った。そしてその日の締めに男三人でプリクラ撮影。ここでの防衛隊の損害は軽微だった。そこでその日の防衛線は終了。その後失われた戦力をいかに回復するかが政策課題に。

 十二月十七日、っていうか男たちの大和!!:この日は俺にとって歴史大会が開催されたような日だった。まず、午前から「政策過程論」という邦題のついた日本近現代史をその道ではおそらく日本一であろう先生が語り明かす授業の補講。みっちい4.5時間!!別に俺がサボってたわけではない。むしろサボってたのは先生だ!!多分十数週あった今学期で3~4回くらいしかまともに授業をしていないのだ!!学費返せ!!授業後のアンケートには「ちゃんと学校に来ましょう。」って書いてやった。その後いかつい先輩方がたむろしている部屋へ行き、カードゲームにしけこみ、近くのカツ屋で夕食。金がないのでキャベツをむさぼり食う。
 それが終わると今日のメインイベント!!男たちの大和観賞!!まったく太万ねーよ!!俺は生粋の戦艦大和マニアで、そこいらの最近映画で初めて大和の存在を知った輩とはわけが違う!!なんたって小学校二年のころから模型を通して詳細な形をしっていたし、今ではそれなりにリアルなスケッチだって書ける!!機関銃の数だって暗記してる!
 はい、俺のきもさをわかってもらったところで、映画の話。よかった!!なるべくマニアの視線を持たないようにして物語に酔ってみた。あの時代は誰もが家族や恋人、または国家を守るために必死に生きていたと言うことがひしひしと伝わってきた。17か18くらいの男の子たちが銃弾が飛び交う中で機関銃を操作しながら次々と倒れていく様は戦争の悲惨さを嫌というほど感じさせたし、今の俺のこの緊張感のない生き方を恥じさせさえもした。今の日本があのときのようにもっと必死に生きたら最近起きている幼児殺害とか変な事件や詐欺も起こらないやろうに、ただ、あのときの緊張感が戦争によるものだったと言うのは悲しすぎるけれどね。
 とにかくよかった!!あと長渕のテーマソングとエンディングに流れた海底に沈む大和と劇中に登場した人達の映像のタッグはマジやばい!!鳥肌もの!!
 あとおごってもらったポップコーンってまじ上手い!!鳥肌もの!!!

 十二月十九日、ハイパー人事!!:はいこの日は我が学年のゼミ発表でした。ものすごいこのブログ読んでくれている人ならわかるかもやけど俺こないだ発表は15日とかぬかしてたました。突っ込んでくれたみんなありがとうね☆
 とにもかくにも…、G氏のゼミに合格☆うん………。うんよかったよかった!!
 ゼミも決まって後は冬休みを待つのみ!んでもって二十二日には東京ディズニーへレッツ!!てな感じでしたが、そのとき俺は日本に恐ろしい怪物が接近し、そして俺の希望を打ち砕くなんて知る由もなかったのでした…。
 
 十二月二十二日、冬将軍襲来!!三田孤立戦線!!:その日ニュースは不気味な情報を前日から流し続けていた。「大陸から日本海に達し、とても発達した寒気が日本中をおおい、各地で大雪になる見込みです。」
 俺が住む町兵庫県加古川市は空に神が住んでいるといわれている。うそです勝手に自分で言っています。ごめんなさいもうしません。とにかく加古川市は天候から来る災害とはかなり無縁なわけで、今年の台風20号代のときでも各地で爪跡た残ったなか加古川は涼しい風が吹き抜けただけとか、とにかく平和。そんな風土にそだった俺はもちろん防災感覚は乏しく、あの二十二日もただいつもより寒いだけだとたかをくくっていた。
 そうしていつも我が愛機マーチで登校。いつもの朝のはず、いつものように傲慢なアメリカ人教師(?)の本で英作文をまなび、さらには夕方には東京へむかうはづだったのだ。しかしその日の天候はいつもと様子がちがった。加古川市の北西に位置する三木市に入ったところでそれははっきりした。時間が進むにつれて俺の周りの風景はなぜか今年言ったスキー合宿でいった赤倉温泉スキー場の風景にそっくりになった。綺麗な白銀世界、木々はその枝に綿のような雪を貯め、ゲレンデのような道路があたり一面に広がった。まったく同じ風景、ただ一つ違うことは、そのゲレンデで優雅に滑走しているのがスキーヤーやボーダーではなく、軽四や普通乗用車、4tトラックなど、明らかにボブサップ級の重量級ばかりだったこと。もちろん、俺の愛機も例に漏れず滑走に参加せざるを得なかった。
 坂道ではアクセルをいっぱいにしても動かないし、カーブではハンドルが利かなくなるし、反対車線のトラックはコントロールを失ってボケてもないのに突っ込んでくるし。そのときは母に笑顔で行ってきますと言わなかったのと、コーヒー牛乳を飲み干さなかったかことを後悔した。
 状況はさらに北西の吉川、三田と進むにつれて状況はさらに悪化、すべての乗り物はその動きを著しく制限されていった。また、多くの車両は美しきゲレンデにその残骸を横たわらせるのだった。俺はその状況に耐えかね、いよいよ我が愛車にアテナ車輪装甲(単なるチェーン)そ装備することに…。このとき雪は大降りだったので、東京仕様におめかししていた俺はさながら遭難しかけたアルピニストとなった。哀れ哀れ。
 しかもそうまでして学校へ後少しと言うところで、授業は休講との情報が入り、落胆。さらに一緒にミーティングをする友人も電車やバスがストップし、学校へたどり着けないと言う情報に接し、俺は任務遂行の理由をなかばうしなってしまった。しかも、学校に着いたらついたで、大学の施設自体も閉鎖を余儀なくされ、すぐに自分達も追い出されることに。
 人類が長い年月をかけて整備した文明はゼネラルウィンター(冬将軍)の前にもろくも破れさり、以後数時間その機能を著しく低下させられたのだった。
 災難はさらに続く。万難を排して期間した俺に更なる凶報が襲うのだった。それは俺が雪にやられストーブで熱を取り戻し、東京への準備を95%完了したとき、旅に同行する恋人からのしらせだった。彼女はその振るえる声で、
 
 「東京行きのバスが雪で出なくなったって旅行会社から連絡がきてん…。」

 はっはっはっ!!負けたよ将軍、あんたの勝ちだ!!俺は家族の目をはばからずに演劇部でつちかった宝塚ジェンヌ笑いをそらに向かってかましてやった。いや~ほんっと自然は人間なんて愛してないよww
 その後俺は戦後処理に没頭した。東京で予約したディナーをキャンセルし、悲しむ恋人を食事に連れて行き、つめた荷物を再びしまった。不幸中の幸いは金がすべて帰ってくること。
 美しい風景にもとげはしっかり存在すると言うことを確認したkotaでした。



あとがき:え~長かった。これを書き終えたのは26日の0時なわけで、さらに日記はありますが、取り合えずここで終わっときます。根気強く呼んでくれた人ありがとう。

じゃね。
 
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by sexual_kota | 2005-12-24 11:12 | kotaの日記